高木美保(女優) 旦那や結婚について。現在は?学歴と若い頃について。

タレント、コメンテーターとして活躍されています高木美保さんについてご紹介します。

生年月日は1962年7月29日。出身地は東京都 葛飾区になりますが育ちは千葉県 松戸市。

事務所は、「幻冬舎」に所属しています。

旦那や結婚について

高木さんは2009年の夏頃に一歳年上の中国籍の方と結婚されています。

結婚したときの年齢は、高木さんが47歳で旦那さんは48歳ぐらいでしょう。晩婚だったようですね。

旦那さんはIT関係の会社社長とのことです。

交際期間は約10ヶ月で、スピード結婚だったそうです。お互い一目惚れしたらしく結婚も早かったようです。

当時、高木さんはスピード結婚に関して、”自分でもビックリしている”と驚いていたようです。

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ふたりの出会いはエステで、高木さんが施術を受ける時間帯にちょうど旦那さんと予約時間が重なってしまったらしいです。

エステ側の予約ミスだと思いますが、意外な出会い方ですね。出会った時期は2008年の5月ごろ。

高木さんはその時、時間がなくて忙しかったらしく旦那さんに対して以下のように言ったらしいです。

あなたの時間を私に売ってください

と旦那さんに交渉?お願いしたらしいです。

旦那さんは、”いいですよ”と言ってお金は受け取らず高木さんに譲ったそうです。

※高木さんは後に、将来自分の夫になる人に対して失礼なことを言ってしまったと反省しています。

帰宅したあとに”あれは失礼だった”と思い、お詫びしたいことをお店を通して旦那さんに連絡をします。

その後はお礼に食事会に旦那さんを誘ったようです。”なんて厚かましい女なんでしょうか…”と高木さんは当時のことを反省。

旦那さんとは意気投合し、人柄にも惹かれて、独身なのか?といったことを高木さんは少しずつ聞いていったそうです。

交際のきっかけは高木さんの誕生日で、番組収録後にホテルに帰ったときに大きな花束を旦那さんからプレゼントされた事でした。

お礼の電話をした後は、ふたりで出会うことが増え交際に発展したそうです。

デートを3回ほどしたあと同棲生活がスタートして、プロポーズは高木さんのほうからだったそうです。

結婚のきっかけは、旦那さんの”病気”だったらしく病院に付き添ったときに「もし亡くなってしまったら、自分には連絡がいかないんだ」と不安なったらしく結婚を決めたそうです。

結婚の報告は高木さん自身がコメンテーターを務めるフジテレビの番組、「とくダネ!」で報告。放送時期は2009年3月4日。

番組の司会、小倉智昭さんに、「本当に結婚するの?」と聞かれ高木さんは、「します!」と答えます。

いつ結婚するのかと聞かれると、「まだお互い親にも合っていないのでぼちぼちという感じです。」と答え、

今度は番組出演者のデーブ・スペクターさんに「式は派手にやるの?」と聞かれて

”まだ決まっていないけど、親しい人には報告したい”と高木さんは番組内で語っていました。

結婚後の現在は旦那さんとは別居らしく、旦那は東京在住、高木さんは栃木県 那須塩原市に住んでいます。

※高木さんは、1998年にパニック障害になり治療のため栃木県 那須塩原市に移住されます。

旦那さんとは別居でも仲は問題ないそうで、旦那さんとは一年のうちの冬の時期に一緒に暮らしており、同居期間は農作業が暇な冬の数ヶ月の時期とのことです。

※高木さんは農業をされていて、「農業が本業でタレントは副業」と言っています。自宅近くの農地を借りているそうです。

別居に関して高木さんは気にしていないそうで、以下のようにコメント、

歳をとってからの結婚だったので、お互いの生活ペースが出来ていたのでこれでいい

と語っています。

旦那さんが那須にきても農業を手伝ったことはなく、友達と一緒にゴルフなどに行ってしまうそうです。

これに関しても高木さんは気にしていないようで、笑って語っていました。

子供はいるのか?

高木さんは2009年に結婚されましたが、結婚当時の年齢が47歳でしたので、年齢的に厳しいこともあり子供はいないようですね。

現在はどうしてる?

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高木さんは若い頃は、ドラマやCMにたくさん出演されていましたが、現在はバラエティ番組やニュース系番組のコメンテーターとして活躍されています。

ドラマの出演やCMは、ほとんどやめてしまっています。

なぜドラマなどの出演をやめてしまったのかというと、1998年にパニック障害になってしまった事が原因のようです。

※パニック障害とは、突然起きる動悸や息苦しさ、めまい、発汗などが起きてしまい、死んでしまうのでは?と心配になってしまう症状です。

症状の発作の原因は、脳内の不安に関わる神経系の異常のようです。何回か発作を繰り返すことでより不安感を覚え悪化してしまいます。

高木さんの場合は、女優業のストレスや過労が原因らしく、最初の発作は電車の中だったようです。

当時の高木さんは、女優としての活動に違和感を感じていたようで、ドラマでのセリフがものすごく負担だったそうです。

「私はこういう人じゃない」と役を演じている自分に疑問を覚えてしまったようですよ。

悩む女性

”私は女優に向いていない、向いていないなら、疲れるしやめよう”という考えに至った結果、パニック障害による、うつ症状は治っていったようです。

※治るまでに約7年ほどかかったようです。

1998年11月には、パニック障害の治療のために栃木県 那須塩原市に移住され農業を始めます。土を触っていると気持ちが落ち着くとのこと。

2007年12月から放送された土曜ドラマ、「ひとがた流し」11年ぶりにドラマ復帰されています。日高美々という役で、全3話。

2011年には小林製薬のCMに出演、近年はニュース番組のとくダネ!、モーニングショーに出演されていますね。

2015年4月、高木さんは秋田県にある「秋田市大森山動物園」の名誉園長に就任されています。

今現在の高木さんは病気を克服されて、農業を営みつつ順調にタレント活動をされていますね。

学歴と若い頃について

高木さんは福島県 伊達郡 保原町で生まれ、その後は東京都 葛飾区で育ちます。

何歳ごろか分かりませんが、「千葉県 松戸市」に引っ越しされて、小学校から1984年(芸能界デビュー)ごろまで過ごします。

小学校は、松戸市立 古ケ崎 小学校でした。

中学校は私立の学校で、難関校といわれている、「和洋国府台 女子中学校・高等学校」。偏差値は平均50。

中学~高校の部活動はテニス部だったようです。高校に進学されたときは、テニス部と演劇部に所属していました。

大学は、「和洋女子大学 国文学科」に入学。しかし芸能活動が多忙だったためか中退されています。

芸能界デビューのきっかけは、高木さんが新聞に載っていた芸能事務所の広告を見たことでした。時期は1983年。

成人式の写真が綺麗だったからという理由で、面白半分で送ってみたら、審査が通りデビューしてしまったようです。

1984年、「Wの悲劇」という映画でデビュー。当初は選考で落とされてしまうが、映画監督の澤井 信一郎さんに高木さんの顔の表情や声の雰囲気が良かったため出演が決まります。

1988年に放送された昼ドラ、「華の嵐」と翌年放送された、「夏の嵐」ともに主演で出演されたことで注目を浴び人気がでます。

しかし”出来たお嬢様像”という系統の役、演技が多かった高木さんはその後、自分本来の性格とは違う演技にギャップや疑問を覚え、自分は”女優業には向いていない”と思うようになります。

※この時期ぐらいにパニック障害という病気と、うつ病になってしまいます。時期は1998年。治るまでに約7年かかります。

女優業での活動をやめてその後は、主にバラエティ番組やニュース番組などのコメンテーターとして活動されます。

バラエティ番組に進出されるきっかけに、島田紳助さんの番組に出た事が高木さんにとって大きかったようで、島田紳助さんのことを恩人であると語っています。

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