神保悟志の嫁や娘について。子供の学校は?若い頃は極貧生活だった。

タレント、俳優として活躍されています神保悟志さんについてご紹介します。

生年月日1962年12月3日。出身地は静岡県 駿東郡 清水町。

事務所は「GTZ」に所属しています。

嫁について

 

この投稿をInstagramで見る

 

GTZ(ジー・ティー・ゼット)(@__gtz___)がシェアした投稿

神保さんは2001年6月に元宝塚の鮎ゆうきさんと結婚します。本名、旧姓は星野美樹子。

結婚時の年齢は神保さんが38歳で、嫁が34歳ぐらいですね。

ふたりの出会いは、昼ドラ「温泉へ行こう」での共演でした。

”温泉へ行こう”というドラマはシリーズもので、全部で5まであります。神保さんは1~4シリーズまで出演しています。

嫁は2シーズン目だけの出演だったみたいですね。三沢怜子という役でした。神保さんはエリートの銀行員。

このドラマは、セット優先で撮るらしく収録順番は滅茶苦茶で、1日に台本50ページ以上のセリフを収録するといいます。

台本50ページはドラマ1時間に相当する量のようです・・・

神保さんは過酷だな・・・と思っていたそうですが、嫁の鮎さんは他の昼ドラでヒロインを経験されていた事もあり、「この現場は仕切りがいいから楽だ」と言っていたんだとか。

また、過酷な現場だったわけですが、嫁は文句も愚痴も言わず周囲に気を遣っていたという。

そんな嫁を見て神保さんは「女優としてもすごいけど、人としても素晴らしい」と尊敬していたそうです。

昼ドラは撮影期間が長く、拘束時間が長いため、ドラマ出演者の素の部分が出やすいんだそうです。だからこそ仲良くなれたとも神保さんは言っていましたね。

※昼ドラはリハーサル1日、ロケ1日、スタジオ収録4日、休みの1日は収録の準備という一週間の流れになるそうで、過酷だという。寝不足で立ったまま寝るスタッフもいるとか・・・

上記にもありますように嫁の人徳に神保さんは惚れたんでしょうね。ふたりは、このドラマの共演がきっかけで交際がはじまったらしいですよ。

おそらく、ドラマの撮影が終わった後に神保さんが嫁を口説いたのだと思います。

交際期間は約5ヶ月だったらしくスピード結婚でした。時期から見て2001年1月ごろから交際がはじまったことになりますね。

結婚後、ふたりの夫婦仲は良いらしく、喧嘩などは一度もないそうです。

神保さんのマネージャーが言うには「機嫌が悪くても、嫁からの電話には嬉しそうに笑顔で話す」という。

また、子供は娘が二人いるのですが、娘達からは「パパとママはラブラブだね」と言われているほど仲がいいんだとか。

最後に嫁のプロフィールをご紹介します。

・名前 神保 美樹子(じんぼ みきこ)旧姓は星野。
・生年月日 1966年2月21日
・出身地 東京都 江戸川区
・血液型 O

1985年に71期生として宝塚歌劇団に入団。”鮎ゆうき”という名義で活動。

スポンサーリンク

子供(娘)について。また学校は?

子供についてはあまり分かっていません。ただ娘が二人いるのは間違いないみたいですね。

嫁の活動歴を見ると2001年9月3日に放送された「水戸黄門 第29部」の第23話に出演したあとに女優業の活動を休んでいますね。

嫁は2006年に放送されたドラマ「偽りの花園」で復帰されたそうです。

※現在、嫁は芸能活動をしながら主婦業もされているみたいなので、ドラマ出演はぼちぼちといった感じみたいです。

結婚したのは2001年6月なので、娘の出産は2002年~2006年の間なんじゃないでしょうか?

2002年に出産したとしたら、娘の現在の年齢は18歳ぐらいじゃないでしょうか?

次女は翌年あたりに生んだとしたら現在は15~16歳ぐらいと予想できますね。

年齢から予想すると娘二人は、現在、高校生だと思います。

次に娘達の学校についても調べましたが、分かりませんでした。

これは私の予想ですが、芸能人の子供の場合、私立の学校に通っている場合が多いです。

たとえば、成城学園、和光学園、青山学院などになります。すべて小学校から大学までの一貫校でもあります。

なぜか?といいますと、これらの私立の学校はセキュリティなどの防犯環境が整った学校だからです。GPSを持たせる、警備員が巡回など。

芸能人の子供となると、犯罪のリスクが一般の子供より高いでしょうから、通っている事が多いのです。

神保さん夫婦の場合は分かりませんが、俳優と元宝塚の子供ですから、一般の学校だと注目されてしまう事もあるでしょう。

おそらく家族は都内に住んでいるでしょうから、これらの学校に通っている可能性はあるんじゃないかな~と思います。

ちなみに神保さんは娘二人を溺愛しているらしく、過去に夫婦の相性占いをしたそうなんですが、「子供を溺愛しすぎて亀裂が入る」と言われてしまったんだとか?

しかし神保さんは、「だって、子供かわいいじゃないですか。仕方がないじゃないですか。」と言っていたんだとか?

また、神保さんと嫁の仲は、娘達から”呆れるほど仲がいい”と言っていたらしいので、神保さんは愛妻家でとても家族愛のある人なんでしょうね。

スポンサーリンク

若い頃について

神保さんの経歴や下積み時代について紹介します。

神保さんは1962年12月3日に静岡県 駿東郡 清水町(すんとうぐん しみずちょう)で生まれます。

1981年に私立三島高等学校(2014年に改名、知徳高等学校)を卒業。

高校を卒業後は、「横浜歯科技術 専門学校」に入学されます。※この学校では神保さんは、歯科技工士の免許取得されています。

神保さんは高校生時代に役者になる夢を持ちますが、学校が進学校だっため、それを親に言えなかったそうです。

高校卒業後、歯科の専門学校に行くのですが、神保さんは親に、

普通の歯科技工士より、高い特別な技術を身に付ける学校に通う

と嘘をいい、学費に20万円ほど親からもらったそうです。

そのお金を、「劇団俳小」という劇団の養成所に支払い、神保さんは養成所に通います。

罪悪感は凄かったらしく、親にはこれ以上迷惑は掛けられないと考えていました。

※専門学校は2年で卒業してから、東京に上京してきたそうなので、養成所は1983年ごろに通い出したんじゃないでしょうか?

親を騙していた事もあり生活は、かなり切り詰めていたみたいですよ。

上京後は世田谷区 若林にあるアパート(家賃2万)に2年間住み、その後は新中野にあるアパートに月1万5000円で5年間住んでいたそうです。

アパートは、古くて風呂は無し、壁は薄く隣から丸聴こえで、トイレは共同だったそうですが、神保さんは寝に帰るだけだから気にしなかったという。

朝9時から、午後の2時まで養成所でレッスンをして、その後は5時まで走ったり、スポーツジムで体を鍛えていた。

5時半から11時半までは、赤坂の料亭でウエーターのアルバイトしていたそうです。バイト先は養成所の先輩が紹介してくれたそうですよ。

時給は600円で20日入り、月7万ほどの収入だったので、節約をしていたみたいですね。

養成所にはアパートから歩きで行き、昼食はメロンパンとアンパン、牛乳で済まし、夕食はバイトの賄いだったそうです。

バイトの賄いは、料亭だったので美味しかったそうですよ。腹は減っても辛いことはなかったそうで、先輩から奢ってもらったりしていたみたいです。

唯一、辛かったことは、風呂に入れない日だったそうで、ジムに行けばシャワーを浴びれたが、行けない日もあったらしく、バイトが遅いと銭湯も閉まっている。

仕方がないので、アパートの共同の長い流し台に水を貯めて、人がいないの見計らい、入って体を洗ったそうです。特に冬はお湯が出ないので寒かったとか。

まさに極貧生活をされていた訳ですが、苦労した結果、神保さんは1991年にデビュー、当時29歳。

現在は沢山のドラマなどに出演されていますが、特に2003年に放送された「相棒 season2」で監察官役をされ人気になりました。

神保さんは、ビジネスマンや、エリート役がはまり役とされていたので、相棒でも監察官役がハマったみたいですね。

過去にも昼ドラの名作「牡丹と薔薇」にも出演されていますね。2004年1月5日~3月26日まで放送。

以上、神保さんについての情報でした。

スポンサーリンク