宮川大輔の嫁 マーコさんや結婚について。子供と小学校について。

お笑い芸人の宮川大輔(みやがわ だいすけ)さんについてご紹介します。

生年月日は1972年9月16日。出身地は京都府 京都市。

事務所は「吉本興業」に所属しています。

嫁 マーコさんや結婚について

 

この投稿をInstagramで見る

 

宮川大輔(@miyagawadai)がシェアした投稿

宮川さんは1997年にマーコさんと結婚します。

嫁の名前は、真木子さん。マーコは愛称。

結婚時の年齢は宮川さんが25歳で、嫁も25歳になりますね。同い年になるみたいですね。

ふたりの出逢いは、嫁が働いていたクラブに宮川さんが行ったことでした。その後は、嫁とは友達関係になったそうですよ。

ある日、宮川さんが東京から大阪に帰るときに新幹線の中で嫁と偶然出会ったという。

宮川さんが「大阪に着いたら買い物に付き合ってくれない?」と嫁を誘ったそうです。

この日から嫁とは、なんとなく一緒にいるような関係になったそうですよ。

また、ふたりで旅行に行ったときに、宮川さんが寝ているときに嫁がキスをしたらしく、それを映像に収めていた。これがきっかけで交際に発展したそうです。

結婚のきっかけは、別の旅行に行ったときに撮った”ビデオカメラの映像”だったらしく、宮川さんはその後、結婚を意識するようになったそうです。

撮ったビデオ映像の中で、宮川さん自身が楽しそうにしているのを見て、宮川さんは心がパッと明るくなったという。

このとき宮川さんは、

この子といる自分はこんな楽しそうにしてるんやなぁ。この子がずっと隣にいてくれたらええなぁ・・・

と思ったそうです。

時期はわかりませんが、嫁と一緒に東京に上京してふたりで同棲をすることにします。※宮川さんは大阪出身で、大阪を中心に仕事をしていたようです。

当時はお金もなかったそうなので、嫁と折半して部屋を借りることに。嫁と同棲することは、宮川さんの父親にちゃんと話したそうです。

しかし、父親からは反対されてしまい怒られてしまったという。

父親からは以下のように言われた。

部屋をふたりで折半するって、男としてお前どうなんだ!?

今お前が6万のところしか住めないなら、6万のところから始めろ!

それで嫁の面倒もちゃんと見る。それが東京に行くってことちゃんか?

宮川さんは父親に叱られて、もっともだな・・・と反省したそうです。

だけど、嫁とは一緒に住みたいし、ずっと一緒にいたいと思っていたので「それなら結婚しようか」という考えになったとか。

当時、嫁は東京で仕事をしていたらしいので、それなら上京するタイミングで”結婚しよう”となったようです。

プロポーズについては、宮川さんはよく覚えていなく、プロポーズは特別なことはしていないそうです。

宮川さんは結婚当時、まだ芸人として売れていなかったので、あまり仕事も収入もない状態でした。結婚式もしなかった。

嫁が働いて、宮川さんはバイト。バイトも長くは続かなかったりと、結婚生活は不安がいっぱいあったという。

「嫁からしたら怖かったと思いますよ。よう結婚してくれたと思います。」と当時の事を宮川さんは語っていましたね。

※この頃は、お笑いの仕事ではなく、役者として舞台で宮川さんは仕事をされていました。時期は2000年ごろ。

結婚後は、嫁と喧嘩がけっこうあったらしく、原因はやはりお金だったようです。※実家に帰られてしまったときもあったとか。

宮川さんのお金の使い方が原因だったらしく、消費者金融からお金を借りたりして、嫁から「そういうの嫌やから!」と、なんと全額返してくれたそうです。

しかし、宮川さんは嫁に内緒でまたお金(10万円)を借りたらしく、それを嫁にバレて怒られたという。

嫁から「なんなん、あんた!殺したろか!」と言われてしまったようです。

さすがに、嫁に迷惑をかけている事もあり、宮川さんは嫁に対して”後ろめたさはあった”そうですが、なぜか「絶対返せる!やってやる!」という根拠のない自信があったそうです。

宮川さんは、よくお酒を飲みに行っていたらしく、嫁からも飲みに行くことは理解してもらえていた。

しかし、度が過ぎるくらい毎日飲みに行ってそうなので、嫁から数え切れないほど文句を言われ、喧嘩にもなったそうです。

※宮川さんが言うには「こういう仕事は飲みに行くのも大事」という考えだそうだ。

お金が稼げるようになったのは2003年(31歳)のころで、「ルミネtheよしもと」で吉本新喜劇の出演依頼がきて、宮川さんは芸人の仕事に復帰、仕事が増えていきました

※ルミネtheよしもとは2001年4月に開館。

お金が稼げるようになると、宮川さんは番組で貰った賞金を嫁のプレゼントに全部使ったそうです。

「欲しがってたやつ買いに行くぞ!」と言って、嫁が欲しがっていたネックレスをプレゼントしたそうですよ。

貯金も少しずつできるようになり、今まで嫁に苦労をかけたので、旅行に連れていったり、嫁が行きたいと思ったところには、休みを利用して連れて行ってあげてたそうです。

嫁と旅行に行ったり、遊んでいるうちに、嫁の両親のことについて考えたそうです。

”よく仕事もない芸人に嫁を嫁がせてくれたな~”と思ったそうで、そろそろ親孝行をしないといけないなと思ったという。

2010年に、お互いの両親をハワイに呼んで結婚式を挙げることにしました。※結婚から13年経っている。

結婚式については式当日まで内緒にしていたらしく、結婚式をやることを知ると親はびっくりして喜んでくれたそうです。

ハワイのチャペルで実際に結婚式が行われると「こんなに泣けるか?」というくらい、両家の家族みんなで、涙を流した感動的な結婚式となったそうです。

嫁と夫婦を続けてこれた事について宮川さんは「テレビに出られるようになったのも、自分のダメなところが自然と直ったのも」嫁がずっと一緒にいて、我慢してくれたから。

今があるのは、すべて嫁のおかげと感謝されていましたね。

スポンサーリンク

子供について。小学校は?

 

この投稿をInstagramで見る

 

宮川大輔(@miyagawadai)がシェアした投稿

宮川さんの子供は2010年12月2日に生まれました。

嫁が出産した年齢は38歳でした。ちなみに宮川さんと嫁は同い年。38歳で父親となった。

子供の名前は健太(けんた)くん。

結婚は13年前にしたのですが、収入が少なかったためか、子供は作らないでいたみたいですよ。

妊娠8ヶ月のときに嫁は破水してしまい、子供はまだ2000gだったそうなので、早産になりそうな少し危ない状況だったそうです。

出産時のときに宮川さんは「世界の果てまでイッテQ」の海外ロケだったそうなので、出産には立ち会えなかったみたいですよ。

日本に帰る時に「大丈夫か?今帰るからな」と連絡して、成田空港についた時には嫁から「生まれたよ」と連絡がきて「えぇぇ!?」と驚いたそうです。

嫁の父親が迎えに来てくれて、祝いの乾杯をしたそうです。帰りの車の中で涙を流したという。

出産の報告は、所属事務所を通して報告されました。以下コメント。

皆様にご報告が遅くなってしまい申し訳ありません!!

予定よりも早く生まれたので、母子ともに健康な状態で自宅に戻ってきてからご報告しようと思い遅れてしまいました。すみません!

おかげさまで、特に大きな病気をすることもなく、赤ちゃんも体重が3270グラムとすくすくと元気に育っていて、もちろん嫁も元気です!

これからも家族が増えた分、今まで以上に頑張っていきたいと思っていますので、今後とも宜しくお願い致します。

引用:oricon news

2010年に結婚式をしたあとすぐに、子供を授かったらしく、嫁から「妊娠した」と報告されたときに宮川さんは「神様って本当にいるんだなぁ」と思ったそうです。

結婚式を計画していた時期から、嫁は子供を作るためにいろいろ努力をされていたみたいですよ。

宮川さんは息子のことを見ると、ときどき

この子はなんで俺と嫁のところに来てくれたんだろう?

生まれてきてくれて、ありがとうな。

と思うという。

また、嫁には「産んでくれて、ありがとうな」と感謝の気持ちになるという。

若い時だったらこうは思わなかっただろう、年がいってからの子供なのでこういう気持ちになるんだろうな・・・と宮川さんは思ったそうです。

現在の息子の年齢は9歳になりますね。通っている小学校は噂ですと「和光学園」になるそうです。※和光学園は幼稚園から大学まである一貫校です。

また、芸能人の子供が多く通っていることで有名でもあります。

息子は、和光大学・大学院まで進学する可能性があるかもしれませんね。

スポンサーリンク

宮川さんの子供の頃や若い頃について

 

この投稿をInstagramで見る

 

宮川大輔(@miyagawadai)がシェアした投稿

宮川さんは1972年9月16日に、京都府京都市にある日本バプテスト病院で生まれます。

高校3年生まで滋賀県 大津市 比叡平に育ちます。

家族は父親、母親、一歳年上の姉の4人家族。

小学校は「大津市立 比叡平小学校」。中学校は1985年に「大津市立 皇子山中学校」入学。

高校は1988年「京都外大西 高等学校」に入学。偏差値は平均55。

高校3年生のときに、父親の同級生の桑原征平(アナウンサー)さんの紹介で「吉本総合 芸能学院 大阪校」に入学されます。

宮川さんは役者志望で「そういうコースもある」と聞いていたのですが、入学してみると周りはみんな芸人志望だったので、宮川さんは芸人を目指すことにします。

1991年3月に同期だった星田英利(ほしだ ひでとし)さんとお笑いコンビ「チュパチャップス」を結成します。

同年では、同期の「ナインティナイン」と、バラエティ番組「吉本印天然素材」に参加します。

※吉本印天然素材は、吉本興業の若手芸人で構成された、ダンスとお笑いを混ぜたユニット名でもありました。

1997年には宮川さんは25歳で結婚されます。

1999年では仕事が激減していた時期で、宮川さんが星田さんの祖父の形見のタバコを勝手に吸ってしまい、さらにまずいと言いこれがきっかけでコンビの仲は悪くなってしまいます。

宮川さんは星田さんに解散を申し込み、コンビは解散となります。

解散後、宮川さんは元々やりたかった俳優業を目指します。

2000年に舞台「BOYS TIME」のオーディションに合格して宮川さんは役者としてデビュー、舞台をメインに活動をされます。

2001年に「ルミネtheよしもと」から吉本新喜劇の出演依頼がきて、宮川さんは芸人の仕事に復帰されます。

2007年にはバラエティ番組「世界の果てまでイッテQ!」に出演。番組企画で世界各国のお祭りに参加する「世界で一番盛り上がるのは何祭り?」で宮川さんは人気を得ます。

2010年12月2日には子供を授かります。男の子で名前は健太くん。

コンビ時代と役者時代は収入が少なく、嫁に支援してもらっていましたが、現在は芸人として、さまざまな番組に出演され稼げるようになりましたね。

「イッテQ」でヤラセ問題が発覚しますが、スマホ決済のサービス「PayPay」のCMに起用されたりと活動は順調のようです。

※やらせ問題は2018年11月に週刊文春に報じられて発覚。ラオスの「橋祭り」という実在しない祭りを放送したようです。放送は自粛していましたが、2020年3月8日に復帰。

番組の問題はありましたが、現在の宮川さんは順風満帆といったところでしょうか?

以上、宮川さんについての情報でした。

スポンサーリンク